高齢者介護の死に慣れなかった

高齢者介護の死に慣れなかった

5年ほど前に特別養護老人ホームで働いていました。
その時に介護職を辞めようと思ったことの話です。

福祉大学を卒業後、新規立ち上げの特別養護老人ホームで採用され、働き始めました。

5階建ての構造で1階がデイサービスフロアと事務所
2階から5階部分が入所フロアでした。
(4階部分の一部が短期入所)

特別養護老人ホームでは、入所待ちの利用者が100人以上という場所も少なくはないのですが、
その施設は、入所待ちも少なく、周辺地域での評判もあまり良くない施設でした。

そのため、職員の入れ替わりも多く、年間で100人近くの職員が退職するという状態でした。

職員が退職していくことで、新卒で入職した私も、半年を経ったころには、1ユニットの中では一番古い職員になり、ユニットリーダーの立場になりました。

地域の評判は良くなかったのですが、働いている職員は、利用者のためを思う、熱心な人が多かったように思います。

新規立ち上げの施設ということもあり、マニュアル等も整備さていないことで、たいへんな思いをして、マニュアルの整備も進めたり、初めての市町村監査も対応しました。

夜勤を含むローテーション勤務で、夜勤明けでもそのまま、夕方まで勤務することもありましたが、
仕事自体に対する不満やしんどいといった感情は、あまりなかったように記憶しています。

そのような状態で1年ほど過ぎ、業務も安定してきて、レクリエーションの内容を向上させようと
行動していたころです。

そのころ「歌」が認知症になっても、認知症がない高齢者の人でも、体が不自由な人でも
共通して楽しめることだと感じていた私は、レクリエーションの中でも「歌」の担当になりました。

利用者が80名ほどおられると、色々な趣味を持っていた人が集まります。

職員だけで音楽療法をするのではなく、利用者が発信する立場で音楽療法で進めるという方法をとっていました。

重度の認知症でしたが、歌うことが趣味だった利用者に一緒に各ユニットをまわり、音楽を楽しんでもらっていました。

普段は、話もまともにできないような方でしたが、音楽を流すと聞き入るような歌声で歌ってもらえて、表情も明るくなっていたのを覚えています。

ただ、夜になるとおむつ外しなどの行動があり、職員からは「大変な利用者」の位置に思われていました。

ある夜勤明けの日にその利用者の方が脳梗塞で救急搬送されたとの連絡が施設からありました。

夜勤明けで眠ろうとしていた時でしたので、翌日にお見舞いにいこうかと思いましたが、寝付けずにそのままお見舞いにいきました。

色々な管でつながれ、意識もない状態で、自然と涙がでていました。

その翌日には、亡くなられたとの連絡が入りました。

担当のフロア以外の利用者が亡くなられたことはありましたが、担当の利用者が亡くなることは、想像以上にしんどいことで、これから先、多くの人の死を目の当たりにすることがこれから、この職業をしていくことが不安になりました。

それからも介護職は続けていましたし、利用者が亡くなることもみてきましたが、
亡くなるということになれることはなく、今は、高齢者福祉から障害者福祉に職場を変えました。

ただ、レクリエーションでほかのフロアを回った時に「あの人は?」とほかの利用者が口々に話していたのを聞いて、最後まで人の記憶に残ることをできていたし、その手助けといえば、過剰になるかもしれないですが、その人にとって、生きがいを持ってもらえたことを思えば、人生の終わり方の介護の仕方は、大事だとも思います。

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